その女性は笑顔で手を振ると、そのまま真っすぐに、車を走らせて去って行きました。
首都ベルンでも、ロシニエールへ向かう列車の中でも、ミューレンからグリンデルワルトに戻る時もそうでしたが、「みんな親切だ、親切すぎる」と思いました。
日本ではこうはいかないでしょうし、親切にされる事に慣れていないので、最初はとまどいました。
この女性の車に乗せて貰った時も、「大丈夫かな? 観光客だと思って、このままどこかへ連れて行かれるんじゃないか?」と思いました。
「きっとスイスは観光の国なので、国全体が、国民が、観光客をもてなす事、接する事に慣れているんだ。それが自然に習慣として身に着いているのだろうか?」と思いました。
ホテル・ベラリーは、4階建てのようでした。
「こんにちは~」と言うと、中から犬の鳴き声がしました。
犬の鳴き声がすると、中から女性が出て来ました。
私は「あの~本を読んで・・それで来たのですが・・」
「日本人の方ですか?」
「えっ、はい」
日本語でした。
そうすると、もう1人、中から男性が出て来ました。
「あの~神様、なぜ愛にも国境があるの?という映画の本を読んで・・このホテルが物語の舞台だと聞いたものですから・・」
「ああ、どうぞどうぞ」
男性は私をホテルの奥の広い窓際の客間へ通し、
「さっ、こちらへどうぞ。 よくいらっしゃいました」
そう言って、飲み物とお菓子を出してくれました。
その方が映画の主人公のモデルとなった日本人写真家の中島正晃さんでした。
玄関で迎えてくれたスイス人の女性は奥様でした。
客間には茶色のグランドピアノが置いてありました。